政策評価、可視化について

○「国土交通省によると、08年度の利用実績が過去の予測に届いた空港は、羽田など8港だけだった。見通しの半分にも満たないところが33ある。空港欲しさゆえ、あるいは滑走路を増やすため、計画に合わせて予測をこしらえたらしい」(11日天声人語
 この記事だけからでは、後段の「計画に合わせて予測をこしらえたらしい」という文言が国土交通省によるものか、朝日新聞の調査によるものか必ずしもはっきりとはしない。だがどちらにせよ、計画に合わせて予測をこしらえる、という実態は空港に限らずダムなどの公共事業に多くみられるだろう。勿論、各省庁の予算獲得のためである。総務省の行政評価はこのような計画に合わない予測をはじき出すためにある。国土交通省にとっては、空港に関する法人の確保などのためにも、空港は大きな権益となっているのだろう。だが、「定期便わずか。赤字必至」とすでに言われているようである。本件に関し、どのような評価が行われていたのであろうか。

○「民主党の「取り調べの全面可視化を実現する議員連盟」が10日に千葉景子法相に対し、捜査当局によるすべての取り調べで録音・録画を義務付ける刑事訴訟法改正案を今国会中の提出し、成立を目指すよう求める申入書を手渡した。」(11日37面)
 取り調べ可視化について国民の声が高まっているとは思わない。(各メディアがあまり取り上げないだけだろうか。)足利事件などの冤罪事件報道時に可視化の必要性が問われたぐらいだと印象がある。僕自身は正直、自分が容疑者となる、ないしは取り調べを警察署で受ける、という事態が起こりうることをあまり自己のこととして想定していない。おそらく他の国民もそうであろう。梶山天『「違法」捜査 志布志事件「でっち上げ」の真実』(角川学芸出版、2010年)を概観した。確かに、ここに挙げられている事例も含め、その他にも違法捜査は数多く行われているであろう。(この点、刑訴法のゼミにでも入っとけばよかったと少し後悔。)加えて、公安警察の捜査方法などについても違法すれすれのものがあることも言及されて久しい。しかし、「違法捜査」の減滅のために「可視化」という流れは今一理解できない。捜査は「組織の一員としての」警察官と容疑者、「人としての」警察官と容疑者という二つの関係をもってして行われるものであると思う。可視化により「人としての」警察官という側面が出しにくくなれば、その捜査は淡々とした機械的なものになってしまい、本来相手から聞き出せるもの、知りえた情報さえも、追及出来なくなる恐れはないであろうか。
 しかし、なぜ内閣から提出させるのだろうか。議員立法は??政権交代になり、政治体制が変わったのかな・・・。